昨日、乃木坂46の公式サイトのリデザインで学んだこと、という記事をnoteに書いた。内容は記事を見ていただけると分かると思うのだけれど、元々アイドルが好きなこともあって、趣味をメインにしたスキルアップのための勉強というか、自分のために書いたような記事で、人に見てもらうような需要はあまりないだろうと思っていた。とはいえ、せっかくここまで作ったんだしもったいないという気持ちもあり、返事は来ないだろうし、来たとしても無理だろう、と諦め半分で、乃木坂46の運営委員会に、公式サイトのコンテンツを掲載することの可否と、掲載したいと思う理由(個人的なスキルアップの一環で、公式サイトのリデザインを作って、ブログに掲載したいと思っていることなど)について問い合わせた。5日後、忘れかけた頃に運営からメールが来ていて、営利目的でなければ大丈夫という返信が返ってきた。それならと思い、作ったデザインや、自分用に書いていた意図のメモを大幅に書き直したのが金曜日の夜。公開した記事は、ネットのイベントや花金ムードで賑わうタイムラインの中、ちらほらと知り合いの方などにシェアをしてもらえたけれど、ニッチな需要というか、デザイン界隈で少しだけ話題になって終わる気がしていた。
日付が変わって、なんとなく早朝に記事を見てみると、思っていたよりもたくさんのブックマークがついていた。noteのスキや、ツイートへのいいねもたくさん来ていて、青天の霹靂というと大げさだけど、まさか、という気持ちになった。それから想定外の速度でブックマークが伸びて、最初はデザイナーの人たちだけだったのが、乃木坂46のファンの方に波及し、そこから一般の人たちにも見てもらえたようである。お昼ごろには、はてなブックマークのテクノロジーのカテゴリーに、自分の書いた記事が大きく載っていて、さらに驚いた。
ブックマークのコメントを見ると、リデザイン自体には概ね肯定的な意見で少しだけホッとしたけど、リデザインしたデザインへの賛否両論はやっぱりあって、それは単純に考え方の違いであったり、自分のスキル不足であったりするので、貴重なフィードバックを頂いている、という気持ちで目を通している。今の自分の環境は、会社で働いていた時のように当たり前にフィードバックが貰える環境にない。自分で動いて、自分で発信しないとフィードバックは貰えないので、自分の書いた記事が広まって、多くの人に意見をもらえるというのはすごくありがたいことだと思っている。自分が想定していない視点からコメントをいただけたことで、「そんな考え方もあったのか!」と意外に思ったりもした。「デザインの勉強になった」というコメントを見て、自分が勉強になったりもしていて、すごく良い連鎖が起きていると思う。一番多かったのは、「面白い」というコメントで、これもあまり想定していなかった。
それと同時に、自分が苦手としていた「デザインの言語化」についても考えさせられた。バイトでデザインを作っている時、言語化があまりにも苦手で、自分で作ったものを自分で説明できなくて、自分で説明できないものは当然他の人にも伝わるわけがなく、もどかしくて苦しかった思い出がある。それだけで時間を無駄にしてしまうことが多々あったのだけれど、今回の記事を書いている時は「これって、言語化できてるんじゃないのかな?」と思えた。きっと、リデザインをした対象(アイドル)への理解が重要で、今思えば自分がデザインに興味を持ったきっかけはアイドルであり、いつもアイドルの公式サイトやジャケットを見て、「もっとこうだったらいいのに」「こうすればもっと魅力が出るかもしれないのに」と思っていた。今でも、ついついそういった見方をしてしまう。こうした疑問は、対象を理解できていないと生まれてこないのではないかと思う。自分が無関心なものに疑問を持てと言われても、なかなか難しいと思う。
2018年が始まって、こうした自分の弱点に気がつけて良かったと思う。言語化が苦手なのではなくて、デザインをする対象への理解と咀嚼がきちんと出来ていないから言葉として出てこないのだと思うし、これからはもっとデザインをする対象への理解を深める努力をしていきたい。理解して、自分の中で咀嚼ができれば、きちんとした言語化ができるようになると思う。
自分が書いた記事に対してのアンサーのようなタイトルになってしまいましたが、このリデザインの記事で学べたことは大きくて、書いてよかったな、と思いました。これからも、自分の中で気がついたことはちゃんと形にしてアウトプットしていきたいし、それを発信していきたいです。
また、乃木坂46運営委員会の方々にコンテンツの掲載を許可していただかなければ、この記事は公開していなかったと思います。許可していただき、本当にありがとうございました。