MIYU OTSUKI

京都府を拠点に活動するデザイナー、大槻 未優のポートフォリオサイト。

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MIYU OTSUKI

京都府を拠点に、
Web、グラフィック、UIのデザインを行なっています。


活動拠点は、京都府の田舎です。

山、川、畑、海と、豊かな自然に囲まれたこの地域で、四季を感じながらゆったりとデザインをしています。

地域のデザインの仕事などもお待ちしております。

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日常のことや、デザインのこと

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私について
プロフィール画像

大槻 未優 / MIYU OTSUKI

Designer

1992年9月3日生まれ。京都府出身。小学3年生のときにWebサイトの制作を始めたことをきっかけに、デザインに興味を持つ。以後独学でWebデザインの勉強を始め、Web、UI、グラフィックのデザインをプライベートで制作。2015年から1年間、株式会社はてなでデザイナーアルバイトとして勤務。2016年に発症したパニック障害と付き合いながら、2017年12月からフリーランスとして活動を開始し、ペット×IT領域のスタートアップにデザイナーとして、地域のアートプロジェクトにWebデザイナーとして参画。写真とアイドル、自然が好き。自分の住んでいる地域を、デザインの力でもっとより良くしていきたいと考えています。

  • 1992 born in Ayabe, Kyoto
  • 2015.03 - 2016.11 Hatena Inc, Designer Part-time
  • 2017.12 - Freelance

WORK

制作実績

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ANICAL

2018, Logo

ペットとIT医療を軸にサービスを展開する企業「株式会社ANICAL」さまのロゴを制作。ANICALの頭文字であるAと心電図を組み合わせたデザインを提案させていただきました。「獣医業界で革新的なサービスを作り、課題を解決していく」というコンセプトを重視してデザインしました。

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株式会社Withmal

2018, Logo

ペット領域を軸にしたスタートアップ企業「株式会社Withmal」さまのロゴを制作。犬のシルエットとwithmalのwをモチーフに、社名由来である「動物と一緒に世界中の人を笑顔にしたい」というコンセプトを汲み取りデザインをさせていただきました。

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NORTH KYOTO PROJECT ロゴ

2017, Logo

京都府北部をアピールする自主開催プロジェクト「NORTH KYOTO PROJECT」のロゴを制作しました。土と水をイメージしたカラーリングをメインに、多様な場面で使うことを想定し制作しました。

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PORTFOLIO 2017

2017, Web

3度目となるポートフォリオのリニューアルを行いました。サイトの構成、コンテンツなどを見直し、自身のポートフォリオとしてきちんと機能するように再構築を行いました。

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idoroot

2017, Web

個人的な趣味である、アイドル観察のアウトプットの場として、アイドルの情報を発信するブログ「idoroot」を制作。ロゴ制作からデザイン、コーディングに至るまでを一貫して制作しました。

実績の一覧を見る

BLOG

日常のことや、デザインのこと

地元でデザインをすることを望んでいなかったけど、今こうして地元でデザインをしている

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なんだか長ったらしいタイトルになってしまったけど、簡潔に表現するとこういう感じになる。

今から5年ほど前、自分はWebデザイナーとして職探しをしていたのだけど、多分探し方が悪かったということもあるのだろうけど、職は見つけられなかった。こう言うと「そんなことはないでしょ」と言われるのだけど、本当になかった。当時はまだネットづてに人脈を辿って仕事に行き着く、という方法も自分の中で分かっていなかったので、毎日泥臭く「市名 デザイナー 求人」とかで探していた。めぼしき個人のデザイン事務所と思われるところにアポを取ってみるも消息不明で連絡が来なかったり、街中で見つけたおしゃれな看板を調べて事務所がないか探したりしていた。母に「別に無理に職に就かなくても自分で起業してもいいんじゃない?」と言われていたのだけど、元々社会性のない、逃げてばかりの生活を送ってきたこともあって、なんだかそっちの道を選んだら逃げのような気がして、「地元で仕事がないなら京都に行って働くしかない」という固定概念に囚われていた。

保育園の頃から集団行動が苦手で、学校もろくに行ってなくて、高校は中退して、高卒認定試験は残すところ1科目のみというなんとも言えない中途半端な人間だった。働くぞ!という意気込みとは裏腹に人前に出ると驚くほど喋れず、コミュニケーション能力を上げようと受けたスーパー、飲食店や雑貨店のバイトはことごとく落ちる。「元気ある?」「はい」この一言だけで落とされるし、普通に喋ろうとすると手汗が噴き出る。散歩をしていて正面に人がいると回れ右をして変な道をくねくね通ってしまいなかなか家に帰れなくなる。近所の商店で自分の前に人がいるとレジが出来なくて30分ほど店に滞在し家族から電話がかかってくる。一番酷い時はこういった症状はザラにあった。これは最近知った病名だけど、会食恐怖症というものもずっとあった。

母は多分そういった自分を見て「自分で起業したらいいんじゃない?」と言ってくれたのだと思う。しかしその時の自分は半分意固地になっていて、「なんとしても職に就いて、今までの生活とオサラバして一発逆転をしたい」という謎の気概があった。毎日ウォーキングを続け、自転車で対面接のためにハロワのセミナーに通い、何十社と転職したという謎のおじさんの話を熱心に聞き、今までまともに電車も乗ったことがなかったけどアイドルの映画を見るという名目で京都まで行き、コンプレックスだった歯を全部治し、高卒認定の勉強をして、人と喋る必要のない短期バイトをして…と自分なりに考えた自信がつくための方法は全てやった。全部京都で働くまでの段取りのつもりだった。

そんな意気込みのまま突っ込んでいった京都での1回目のバイト面接は落ちて、それは単純にマナーとかそういう点に目が行きすぎて資料をちゃんと作れていなかったのと、全体的な準備不足のせいだった。ちゃんとした自分のプレゼンが出来なかったせい。気合いが空滑りしたせいで結構落ち込んだけど、まだ1回目だから大丈夫、という謎の余裕があった。それからもいくつか京都のバイトを探し、だいぶ迷っていたけど知り合いに背中を押してもらって、1回目以降に用意周到な準備をして面接に臨んだ。結果は受かった。

それから1年間、自分にとってはすごく貴重な体験をさせていただいたけど、同時に落ち込むこともたくさんあったし、プラスもマイナスも全部吸収した。たったの1年とは思えないくらい濃厚な日々だった。人と話すこと、そもそも集団の中にいることが苦手だったけど会社には面白い人がたくさんいたので苦痛ではなかったし、迷惑はたくさんかけてしまったのだけれど、結果的には意を決して良かったと思った。あの時大げさなほど悩んでいたことは今から振り返ったら誰でもあることで、通過点の一つだったのだと思う。変に悩みすぎて自分のことしか見えてなかった。自分のことを考えすぎてがんじがらめになっていた。

5年前、「地元ではなく京都で働く」と意気込んでいた自分は、今は地元でデザイナーとして働いている。それも家で。5年前の自分が見たら色んな意味で驚くと思う。京都で働いたことも、今こうして家でブログを書いていることも、全部自分が選んだことなので何一つ後悔はしていない。最初から諦めて今の選択をしたのではなく、一度外に出て、また戻ってきたから、自分なりには精一杯行動した結果だと思っている。京都で経験した一年は、何物にも代えがたい経験になって、自分の中に蓄積されている。他の人に比べれば、たった一年、されど一年かもしれないけど、それだけは自分の中で否定のしようがない事実になっている。

特に今日は何の節目でもないのだけれど、書きたくなったので書いてみました。次の5年後は、また今とは違う自分になっているのかもしれないなぁ。

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